反響から呼び戻す過去

自分の人生を振り返る。V6岡田准一の作品たちと共に。22年前から今日まで雑多に。

“活動停止”の四文字。

タイトルから容易に想像できるとおもう。

 

人によっては見るのもいやな事を書いているかもしれない。

気分を悪くする人がいたら本当に申し訳ない。

 

しかしながら

活動停止とそれに伴う作品の扱いは……本当に残念でならず、思わず書いてしまう。

数日前の報道になる。

仁―JIN―での橘恭太郎役がすきだった。

 

なにが本当かわからない中で、

活動停止という文字とともに消えていく芸能がある。芸術と言ってもいいのかもしれない。作品に罪はない。

 

この手の類の報道をみるたび、

V6ファンをしていればどうしても思い出さざるを得ない事があるとおもう。

決して一緒ではないのだが。いやでも思い出してしまう。

 

自分さえよければいいとか、自分の応援しているグループだけよければいいとか

そういう単純な気持ちでは全くない。

ただ、解散危機というものが本当にそこにはあった。

デビューしてこれまで、現実味を帯びた解散の話題がファンの間でもでたのは、むしろその時だけではなかったかとおもう。

よくも悪くも今よりずっと情報が少なかった。息を潜めるようにして続報を待った。

結果、知りえたことはほんのすこしだったけれど、とにかくV6は続いた。

よかった。本当によかった。

いや、わからない。良くないことがあったのかもしれないが、いまV6があることがただよかったとおもう。

 

 

真実の一部はさまざまな人の記憶の集合体にしか過ぎないとどこかで聞いた。

確かに客観的に真実を語るものは、物しかない。

なにが本当かはわからない。

国家を信じるな、と言われれば、罪を問われていないからよし、とするのがどうなのかさえわからない。

でもそこを信じるしか、ない。

 

男女の事は特に、当事者の男女にしかわからないことが多い。

橘恭太郎の芝居がすきだった。

いまの情報だけでは、

擁護するつもりはないが、非難だけするつもりもない。

多少の事に目をつぶるのは得意だ、

曖昧な真実を曖昧な輪郭でなぞったあとで、

またいつか芸術の場で拝見できるのを待っていようとおもう。