読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

反響から呼び戻す過去

自分の人生を振り返る。V6岡田准一の作品たちと共に。

いまがいちばん。

反抗期を考える 岡田准一のこと 自分のこと

先日。
反抗期って言われる理由。気分屋と末っ子について。 - 反響から呼び戻す過去
反抗期についてとんでもなく長い記事を書いた。

考え尽くした。
燃え尽きた感があり、過去についてそれ以降どうにもこうにも筆が進まない。

2007のSPまで書いた。
私は同じ頃出産もし、仕事にも復帰していた。
赤ん坊がすきで、情に厚く愛情ゆたかな私は、それはそれは子供をかわいがってきた。
今やだいぶ大きくなったが、大きくなればなったでかわいい。
子供が2歳の頃「今がいっちばん可愛いのだろうな〜みんなそう言うし!」と思っていたが、
常に「いま」がいちばんいい。
話すようになれば話す言葉がかわいいし、一丁前な口をきくようになった今は一丁前な会話が成り立つのがかわいい。

唐突だが岡田も同じである。
常に「いま」がいちばんいい。
髭の有無とか大きさとか、岡田の見た目を推し量るものさしはたくさんあろう。
それがどんなであれ
いちばん「いま」がかっこいい。

それが私の考え方の質なのかもしれない。
岡田の過去について、私はたくさんの方の意見を見聞きしたわけでも岡田の意見を聞いたわけでもない。
きっと色んな意見があろう。

先日拝見したブログの中で
最近ファンになられ、過去の岡田に思いを馳せてらっしゃる方もいた。
古いファンはつらい思いをしてきただろうと推し量ってくださってもいたが、
私はあえて言いたい。

岡田はどんな時も「いま」が最高であった、と

だから、いまも「いま」が最高なのだ。

前にもどこかに書いた記憶があるが
映画東京タワーの中で
「高校生の時の詩史さんに会ってみたかった」という透くん。
続けて
「恋人はいた?...どんな人?」と
追い打つ。
(こういう所が年下の男のめんどくさいところだよな、と見る度に思う)

きっと(めんどくさいわ)と思いつつも、詩史さんはこんな感じのことをいう。
「高校生の私も20歳の私も、今の私の中にいるの。透くんの目の前にいるのよ」

言われて「ごめん」とすぐ謝れる透もすごいとおもう。頭がいいのだろう。
それはどうでもいいが
それなのだ。

いまの岡田の中にあるのだ。
デビュー当時の赤いほっぺの岡田も。
反抗期と言われる何もしゃべらない岡田も。
ファンの前に現れる、あの岡田の中に。
いまの岡田をみてすきだと言ってくれるファンが増えるだけでいい。
ファンが増えてくれさえすれば、岡田はこれからも「いま」を更新し続けるだろう。
今の岡田をすきだと言ってくれるファンがたくさんいて、本当によかった。
私なんかが喜ぶ筋合いの事ではないが、そう思う。

ちゃんとそれを感謝できる岡田がすきだ。髭だろうと太ってようとカツラだろうと(言い過ぎた)すきだ。

これからも「いま」の岡田がずっといちばんかっこいいと思う。

そう改めて思うと、
岡田の反抗期ってなに。
反響から呼び戻したい過去ってなに。
と思い始めてしまう。
存続が危うい。