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反響から呼び戻す過去

自分の人生を振り返る。V6岡田准一の作品たちと共に。22年前から今日まで雑多に。

年度末に2人の役者を考察する

三月で、職場を変えるか否か。
まだ迷っている。
決断が遅い。普段は早い。

決めてしまえば元に戻れないのではないかとおもう。環境に甘えて延ばし延ばしにしている。

自分が目指すものはなんで、なにがやりたくて、どこでやりたくて、だれとやりたいのか。

夢は諦めたところから始まるらしい。
私はまだ始める決意がつかない。
熱意をもってやるべきところでやりたいことをやるのか、与えられたことを黙々ときっちりこなすのか。。


V6に居たからやりたいことが見つかった、と岡田は代々木で言った。
やりたいことが見つけられる人が世の中にはどれほどいるだろう。
しあわせな人だとおもった。

私はKinKi Kids及びV6のバックで踊っていたJr二宮もすきになった。
二宮はその後嵐でデビューする。

二宮と岡田といえば、2人とも芝居で光るものがある、のだとおもう。
内側から見続けてきているとその辺りはよくわからない。
アカデミー賞もらうのだから当然すごいのだとおもう。


ただ2人が大きく違うと感じているのは、
二宮はアイドルの傍ら芝居をやっている中途半端感を隠さなかった、意に介してもいない感じがした。むしろそれを強みとして芝居をしているような気がした。
特段芝居がすきな訳では無い、話が来るからやっているのだという風だった。

役作りもしないし役に飲まれもしない。
無頓着なようだが、心の機微には人一倍敏感。典型的な憑依型。
二宮は天才なのだ。森田剛なのだ。

有名なベルリンでの名言を引き合いに出すまでもない。アイドルが本業で、アイドル嵐二宮だから芝居の仕事がくる、ただそれだけのこと、と。
近年ドラマとバラエティどちらかだけしかできないとしたら、の問いにバラエティと答えていた。


対して岡田は
ディアフレンドあたりから、という印象をもっているが
芝居がすきだ、いや芝居の方がすきだということを隠そうとしなかった、むしろ全面に押し出していた。アイドルとして歌ったり踊ったりすることより貪欲であるようにみえた。アイドルだから芝居をやれているとは言わせないという熱さがあった。
芝居を勉強し、役作りのためにはなんでもし、努力していい演者であろうとする。芝居の仕事にのめり込み、役が抜けない。
岡田は天才ではない。森田剛ではない。
現在の印象はすこし違うが(役が重厚になったせいかもしれない)20代前半までの岡田の芝居はおそろしく自然だった。自然な事が芝居だと体現しているようだった。ただ憑依型とも違うと感じた。いまも同じ。

2人の芝居に対する印象は基本的にはいまも変わらない。
変わらずに役者として長く活躍している2人をすごいとおもう。2人の芝居がすきだ。
それが本当に心からやりたいことであったとしても、ただの仕事の一環であったとしてもだ。

私にとって今の職場での仕事、次の職場での仕事は、どっちだ。


悩んでもなかなか答えがでない。どっちでもいいんだと思わせてくれる2人に感謝もしている。
自分が択び自分が歩んだその道を後悔はしたくないとおもう。