反響から呼び戻す過去

自分の人生を振り返る。V6岡田准一の作品たちと共に。22年前から今日まで雑多に。

カケモのこと。追記

かけもちです、といった。
が、しかし、スタンスとしては…

ヲタのスタンスなど誰もがどうでもいいものだとわかっている。

スタンスとしては、
V6は常にある。それはV6が先にデビューしているし当然だ。
V6はずっと変わらない。
嵐の発売や露出の時に嵐が入ってくる。それが過ぎるとまたV6とユラユラと過ごす。嵐をテレビで追う。コンサートも両方いく。嵐はまぁまぁ当たらない。嵐には当たらずV6はオフという年があるのでのんびりしているなぁという年末になる。

もともと情報処理がはやい、動体視力もいい。
だが、嵐5人のDVDなどを見続けたあと、V6に戻ってくると岡田が追えない。
人数が1人増えた事に自分が追いつけないのもある。
V6の踊りはやはりすごい。後輩嵐ももちろんすごいのだが、Jrの頃から踊りで定評のある5人(除岡田)が集められたのだから当然かもしれない。
フォーメーションがとんでもなく早く自然に変わり、次の曲のカウントギリギリまで動いて歌い出しでセットする。
そんなV6がすきでたまらない。

カケモのこと。V6と嵐。

1999年になって、わたしは「カケモ」になった。

私が疎かったからか、幼かったからかもしれない。かけもち、カケモと言われるようになったのは最近だ。

このカケモという表現、やや軽蔑に似た感情が含まれているように思う。
被害妄想か。
ジャニヲタは貞操観念が強いのか。


いまや当たり前と思われるジャニヲタ用語みたいなものも全く知らなかった。
色んな言葉が生まれたのは2011年あたりからじゃないか。
そう勝手におもっている。

担当、メンバーカラー。
Twitterなどで使われる、強火、クラスタ、他否定的なものまで…
いずれも昔は全く使われなかった。
特定のグループのファンの事を呼ぶ名前もなかった。
セクガル。
とか …
思い切り若いところにいってしまった。

V6のファンとして生きてきて、
嵐のデビューと共に嵐のファンにもなることは、
私にとってはなにも思うことはなかった。
岡田もV6もすきだ。
Jr二宮もすきだ。だからだ。

V6はどんどんテレビに出ていて、V6のバラエティに嵐がソロで出てくることもあった。楽しかった。

その頃SMAP全盛期。彼らを超えるアイドルはもう2度と出ては来まい。
解散してしまった事で永遠になった。
絶対に超えられない。

そんなSMAPのおかげで、V6や嵐も色んな分野で各々活躍し、少しずつ裾野を広げていったような気がする。

その後は思いっきりはしょるが、2010年あたりまで、自分の感覚としては割とのんびりとカケモしていた。

しかし、その後嵐はとんでもないブレイクを見せる。2008年あたりから徐々にキテいたが、もうその後は飛ぶ鳥が落ちた。

正直、嵐のファンは大変だった。
メディアでの露出も増え、コンサートは段々とチケットが取りづらくなり、FCも大変な事になってきた。

一方V6はというと、学校へ行こう!が終わり、レギュラーはポツポツ、各々の活動とコンサートと、V6らしく過ぎていった。
岡田のファンが期待した「ものっっっっすごい人気になる岡田」は杞憂だった。
人気はある。当たり前だ。
当時の増加率はさほどでもなかったという意味だ。
最近の方が岡田とV6の人気が上がってきている気がする。

と、のんびりユラユラしているV6を尻目に、ひゃっと嵐が通り過ぎていった。


嵐のファンをしているのは、本当に大変だ。目が回る忙しさだ。
嵐ファンという本業の為に副業として仕事をしている錯覚に陥る。


嵐とV6カケモしている方もいるだろう。
私はこんな印象でカケモしている。

嵐は一生懸命一生懸命ついていけるようにがんばってファンをしている。メディアも雑誌もコンサートも。
がんばる自分!!輝いてるよ!!
最年長大野が同い年で他それ以下の構成。若い子に付き合うには自分磨きがかかせません!!

俺たちについてこい!
幸せにしてやるよ!

うぎゃーーー!!!

といった感じ。

V6はいつでも穏やかだ。鬼畜なのは岡田の映画前の雑誌祭だ。その他はいつも穏やかで優しい。ありのままで、と松たか子がうたう。
最年少岡田が同い年で他それ以上の構成。年上の男って余裕があっていいよね。

みんなも年取るよね〜
僕達を選んでくれてありがとうございます。

ホロホロホロホロ

といった感じ。


まとまりがない話になった。
嵐とV6の事を書き出すとあれもこれもとなってしまう。

唯一、助かるのは二宮も岡田もメンバーカラーが黄色だという事だ。金運をあげてカケモを続けるつもりだ。

ディアフレンド。きれいな役について。

2000年のオヤジぃと作品が前後したと思う。今後もこのような事があると思われる。

この作品は岡田の携わったたくさんの作品の中でも、名の知れたものの一つだとおもう。

99年秋放送のドラマ。
私は大学一年生だった。親元を離れた寂しさにも慣れ、新しい勉強や恋、一人暮らしに忙しくなり始めた。

本当にいいドラマだ。
相変わらずのボキャブラリーだが、緒形拳さんが言ったらしい、
「お前は芝居に向いている」
の通りだ。
岡田は芝居に向いている。
たくさんの人に見てもらいたい。
かつて、雑誌の連載で岡田自身が自分の作品のここをこう見てほしいなどと言うのは気が引ける、と言っていたが、
このディアフレンドは、全人類がみるべきだ。
いまもDVDが販売されている。レーベルの宣伝部ではない。

岡田は後になって「若い頃きれいな役が多かった」というような事を言っていたが、反抗期発言同様、え?なんと?と首をひねった。
岡田はきれいな役が多かったのか。
私が気づかなかっただけなのか。

一郎はきれいかもしれない。
透はやってることは置いといてきれいだった。
菊男もきれいかもしれない。
若くないが野島聡はきれいかもしれない。

他はゲイだったり保護観察中だったり大石主悦だったり。そんな言うほどきれいでもない。

岡田は何目線で自分をみているのか、と問いたくなることがある。
岡田批判ではない。愛は余っている。

ディアフレンドでは「ゆすりたかりかつあげ傷害」で保護観察中の「ワル」な「ひよこみたいな頭」の岡田。
デビューから4年。
こんなにかっこいい。毎回おもう。
今見てもおもう。
この頃の岡田ファンは一様に怖かったとおもう。
これから先の岡田が。
「美しすぎて時々怖くなる」という美女の気分。
芝居は作品ごとにうまくなり、顔つきが変わっていく。
これからどんどんファンが増え、ものすっっっっごい人気になるに違いない。

大学生としての新生活と共に、岡田のこれからに期待で胸を膨らませていた。1999年。

嵐のデビューもこの秋だった。
グループかけもちになった瞬間。

岡田准一の表記

私はこのブログで岡田准一さんのことを、「岡田」と表記している。

普段誰かに岡田のことを話す時は「おかだくんは〜」「おかだくんの映画が〜」などと言っている。呼び捨てはやはり社会人としていけないとおもっている。


しかし自分の頭、もしくはV6ファンの友達などと一緒の時は、岡田。

なぜか考えてみると、
岡田と呼ばれる岡田准一がすきだからだ。とおもう。
メンバーといる、岡田が。

テレビやその他で「岡田さん」「岡田くん」「岡田准一さん」と呼ばれている岡田はよそ行きの顔をしている。
それはそれで、ぐぅの音も出ないほどのかっこよさだ。

でもメンバーに「おかだー」と呼ばれる時の岡田の顔が、100億満点にすきなのだ。いくつになっても変わらない。
油断しまくった預けきったな〜んでも許されると思っている顔をしている。

メンバーに「おかだ」と呼ばれる岡田しか見ていなかったから自ずと「おかだ」


呼び捨ては言葉がキツく感じるかもしれないが、愛は余って困っている。岡田に差し上げたいが受け取ってはもらえまい。
何卒ご容赦頂きたい。


ちなみに全くどうでもいいことだが、
他のメンバーの呼び方は、まーくん、ながのくん(ひろし)、いのっち、ごぉくん、けんくん(けんちゃん)と、これも岡田がメンバーを呼ぶ呼び方に准ずる。

反抗期とやら

世の中で、というか、本人がそう言っているのだから間違いない。
曰く反抗期は10周年のころ、つまり岡田が25歳頃始まり、10年ほど続いたと言っていた。最近すぎないか。

岡田はコスレスまで、とにかくテレビドラマによくでた。事務所のゴリ押しかとおもった。
その頃我が家はもちろんVHSだった。
本当は3倍なんかで撮りたくないのに、間に合わず泣きながら3倍にしていた。

もはやそのほとんどがDVDもしくはBD化され、あの時の自分の涙を返して欲しい。
今と違って録画のあらゆる失敗(そもそも録画を忘れる、何かの中継が伸びて途中までしか入っていない、古いテープに重ねどりしようとして巻き戻すのを忘れたなど)がありその度に泣いた。
いまのBlu-rayレコーダーには感謝してもしきれない。三宅健太さんまでひっかけてきてくれるけど問題なく許している。


このドラマ激動期に何かあったのだろう。
忠臣蔵での木村くんとの共演や
ディアフレンドでの緒形拳さんとの共演、
そして木更津により
岡田はすごくなった。

ボキャブラリーがないのは最初からだ。
どうすごいのかわからない。
でもすごかった。いまもすごいが、当時で「出来上がった」感があるとおもう。

もうそれ以上の細かいことは、岡田の顔面に夢中の私にはよくわからない。

私は大学生になり、時間もテレビもなにもかも自由に使えるようになり、V6を心から満喫していた。
ヲタは一人暮らしはぜったいしてみるべきだ。
結婚しても自室は必要だ。結婚は長続きしないかもしれないがヲタは一生なので仕方ない。


その後 コスレス、ハードラックヒーロー、木更津日本 と映画が続いた。
木更津日本の時期、ドラマ末っ子長男も重なった。
話は脱線するが
末っ子長男は、今この瞬間に岡田のファンになった人に、一番先にみてほしい。
もうたまらないのだ。
こんな柔和な甘くるしい役は他にないのではと私は思っている。私なんかが言わなくても周知だろうが、深津絵里さんとのキスシーンは、身の毛がよだつ。もちろん悪い意味じゃない。でも、身の毛がよだつのだから仕方ない。

私の身の毛のよだつのはどうでもいいのだが、その後すぐにサンダーバードが公開されたと記憶している。

そこでおそらく岡田も24歳。
本人の証言ではそろそろ反抗期ということになる。。。

私には芝居のうまくなっていく岡田准一
6人での芝居も何作目か。
見た目でいえば、曰く美人期に入った頃か。
私は盲目すぎる。
美人期と言われても10年前も昨日も今日もかっこいい。

でもコスレスのPVは最高だとおもう。
DVDだがそろそろ擦り切れる。

高校生

高校生の頃、岡田も堀越に通っていた。
芸能人はホリコシに通うものだと思っていた。
毎日学校に行き、芋のような同級生をみるにつけ、ホリコシはすごい世界だなぁとおもった。
あの岡田が高校生として学校に通ってくるなんてね。

岡田は学生の時に学生の役が来なかった。
きっとF.D.Fが初めての高校生の役だったが、そのF.D.Fでも制服姿は叶わなかった。東京タワーでは大学生で、未公開で透の高校生姿が見られるがやはり劇場でみたかった。
20代はまだそれも夢見たが、
もはや叶うまい。

私は進学の為本当に忙しかった。
V6は右肩上がりだった。と思う。

バラエティ番組のレギュラーがトニカミ合わせて複数あり、順調。
事務所にも世間にも大切にされている。と嬉しかった。

バラエティでのV6は最初こそあまりお話上手ではなかったが、すぐに6人で楽しんでいる姿。を見せてくれた。

内向きの6人の笑顔が素敵で、だいすきだった。
かつ面白かった。バラエティでの人気はとてもあったとおもう。特別V6のファンというわけではない人ともよく番組の話をした。


トントン拍子。

岡田は少年らしさがどんどんなくなり、ほっぺは全く赤くなくなり、眉毛が細くなり「やったるで」感満載になってきていた。
もともと天地がひっくり返るくらいかっこいいのに、
少年と大人の狭間。
天地がひっくり返ったかっこよさだった。

深夜に10周年

なぜかmusicmindをみている。
このコンサートがあぁでこうでは色んなところで紹介されているだろうから、何も言うことがない名盤だが。
一つだけどうしても言いたい。

MCでリハの時に片足立ちで筋トレしている長野くんに
「何のためか知ってる?岡田を飛ばすため。」と言われた時の岡田の顔。

メンバーを見る目はいつも優しい。
こんな顔メンバーにしかしない。

曰く反抗期にはメンバーとも口をきかなかった、というが、
バラエティで一言もしゃべらない岡田をみていても、メンバーに向けた視線はいつも優しいと感じていた。

まだわからないでいる。
.........だからこのブログを開設してみたのだった。

ミーハーでいいか

前回岡田と二宮のことを書いたので、ついでに、彼らの芝居のなにがすきか書くことにした。誰にも聞かれてはない。

泣きの芝居がすきだ。

もうただひたすら、それにつきる。

彼らがアイドルとして活動している間ずっとすきだったが、明確に彼らの芝居がすきだと思った瞬間がある。
けっこう最近だ。

まずは二宮。
ピカ☆ンチLife is hard だけどhappyでの、タクマの自宅でのシーン。
タクマとすごすため帰ろうとしない仲間に、この時は青学の受験を控えたシュンに「お前は帰れ」というセリフ。
ただそれだけだが、そのセリフの天才ぶり。森田剛だ。

次に岡田。
東京タワー浩二との大学のシーン。
詩史さんと会っていないという透に浩二が「じゃ暇なわけだ」と同窓会のフライヤーを渡す。
「高校のときなにしたのかわすれたのかよ...」の後
「...吉田は?くるの?」のセリフ。


もう何度リピートしたかわからない。
ヒリヒリした感情の尖ったような、それでいて包括するような、もうなんだかわからないが、七転八倒の揺さぶられ感なのだ。
感情が動いたか?と緒方さんに問われた岡田のような気分だ。よくわからないが。
でもとにかく感情が動く。
彼らの芝居。


泣きの芝居はいわずもがな。
優しい時間では35テイクすべて自分の涙を流したという二宮。
顔にはあまり出さず涙がジワジワと瞳にたまり零れていく芝居がたまらない。

私は父を亡くしていて父を思い出すと確実に泣けるが、35回仕切り直しながら連続で泣けと言われたらむりだ。
お父さんごめん。

岡田のなりふり構わない泣き方。
あのしあわせしかない顔面がくちゃくちゃに歪んで涙が流れると、こんな姿をもっともっとみたいと自分の中にあるなにかが目覚めそうになる。困る。
東京タワーの六本木ヒルズでの泣きのシーンは、何千回みたかわからない。
(不倫の代償だから〜仕方ないじゃん)と思いながらも何千回も泣ける。
個人的にonly dreamingのPVもすきだ。
V6全員の泣きが見られる。極み。


自分の人生とV6を振り返るブログにしているのだが、時々ミーハーでもいい。

年度末に2人の役者を考察する

三月で、職場を変えるか否か。
まだ迷っている。
決断が遅い。普段は早い。

決めてしまえば元に戻れないのではないかとおもう。環境に甘えて延ばし延ばしにしている。

自分が目指すものはなんで、なにがやりたくて、どこでやりたくて、だれとやりたいのか。

夢は諦めたところから始まるらしい。
私はまだ始める決意がつかない。
熱意をもってやるべきところでやりたいことをやるのか、与えられたことを黙々ときっちりこなすのか。。


V6に居たからやりたいことが見つかった、と岡田は代々木で言った。
やりたいことが見つけられる人が世の中にはどれほどいるだろう。
しあわせな人だとおもった。

私はKinKi Kids及びV6のバックで踊っていたJr二宮もすきになった。
二宮はその後嵐でデビューする。

二宮と岡田といえば、2人とも芝居で光るものがある、のだとおもう。
内側から見続けてきているとその辺りはよくわからない。
アカデミー賞もらうのだから当然すごいのだとおもう。


ただ2人が大きく違うと感じているのは、
二宮はアイドルの傍ら芝居をやっている中途半端感を隠さなかった、意に介してもいない感じがした。むしろそれを強みとして芝居をしているような気がした。
特段芝居がすきな訳では無い、話が来るからやっているのだという風だった。

役作りもしないし役に飲まれもしない。
無頓着なようだが、心の機微には人一倍敏感。典型的な憑依型。
二宮は天才なのだ。森田剛なのだ。

有名なベルリンでの名言を引き合いに出すまでもない。アイドルが本業で、アイドル嵐二宮だから芝居の仕事がくる、ただそれだけのこと、と。
近年ドラマとバラエティどちらかだけしかできないとしたら、の問いにバラエティと答えていた。


対して岡田は
ディアフレンドあたりから、という印象をもっているが
芝居がすきだ、いや芝居の方がすきだということを隠そうとしなかった、むしろ全面に押し出していた。アイドルとして歌ったり踊ったりすることより貪欲であるようにみえた。アイドルだから芝居をやれているとは言わせないという熱さがあった。
芝居を勉強し、役作りのためにはなんでもし、努力していい演者であろうとする。芝居の仕事にのめり込み、役が抜けない。
岡田は天才ではない。森田剛ではない。
現在の印象はすこし違うが(役が重厚になったせいかもしれない)20代前半までの岡田の芝居はおそろしく自然だった。自然な事が芝居だと体現しているようだった。ただ憑依型とも違うと感じた。いまも同じ。

2人の芝居に対する印象は基本的にはいまも変わらない。
変わらずに役者として長く活躍している2人をすごいとおもう。2人の芝居がすきだ。
それが本当に心からやりたいことであったとしても、ただの仕事の一環であったとしてもだ。

私にとって今の職場での仕事、次の職場での仕事は、どっちだ。


悩んでもなかなか答えがでない。どっちでもいいんだと思わせてくれる2人に感謝もしている。
自分が択び自分が歩んだその道を後悔はしたくないとおもう。

DxDと恋の話

バラエティでは見かけていた岡田に、なかなかこれと言った芝居の話が来ないので、デビュー時のVの炎を恨んだ。
あんなのを見せられたら使いたくても使えないだろう。
私が番組を作っていたとしても、キャスティングしない。

一年以上経ってから長瀬くんと共演すると知った時は嬉しかった。

ディーディー。虎之介の話。

長瀬くんのファンも多く見ていたとおもう。
この役は関西人だったので、岡田の芝居は素っぽくてすきだった。
しかし、どことなく関東人が無理に関西弁を話してる感があるのはなぜなのだ。

虎之介は絵に描いたような不幸を背負っている探偵役。
探偵にしては顔濃すぎないか。
岡田にはこういう屈折した役が合うんだよな〜と今でも思っている。

Vの炎ではっちゃめちゃな芝居だったが、ディーディーはそれなりになっていて、1年強の間に、感情的な豊かさを得るような何かがあったのかもしれない。私も15歳から17歳になり、色々あった。

大学受験が近づき、進路や勉強や恋に悩んでいたので、テレビの中の同い年の岡田に進路決まってていいよな、と思った。しかし周りの熱狂的なファンをみるにつけ、恋もままならないんじゃないかとかわいそうに思ったりした。

これは同い年で、同じように年代を過ごして来たからこその、ファンとしては一般的ではない変わった気持ちなのかもしれない。
私も親のこと学校のこと友達のこと恋のことで悩んだりしているように、岡田も親、学校、友達、そして恋の事で悩んでいるはずだと思っていた。


私は岡田の大ファンだ。
昔は筆箱の開いた側に切り抜きを貼るほどだった。
今でも麦ホの新CMの為に、見もしないNEWS23を録画して、朝5時に起きてNEWS23を早送りしCMを探して朝からリピートするほどだ。
麦とホップは毎回かっこいい。下戸なので自分は協力できないが、友人がきたら麦ホと決めている。

こういう私だが
アイドルである岡田の恋には応援しかしていない。
願わくば人の道に逸れない(他意はない)素敵な、女の子っていいなと思える恋愛をしてほしいとは思っているが。

それは、ちょうどディーディーなどの高校時代から続く感情なのかもしれない。

この頃の岡田は
キャンキャンとかわいらしく吠える犬のようだった。
とっても元気でぴょんぴょんしている。そんな感じ。


その後、私の受験勉強のせいだと思うが何本か作品を見逃している。さらに記憶も曖昧で順不同になるかもしれないが思い出しつつ書いてみる。

Vの炎 ......

いわずもがなのデビュー作。
これももう時効だとおもう。

こんなんよく出したな、ジャニーズってすごいわ。

その4年後Vの嵐に全く同じ感想を抱くことになる。ジャニーズは変わらないのだ。

岡田はもう。はっちゃめちゃ。
こんな陽気な言葉はまず使わないが、はっちゃめちゃ。
でもかっこいい。
いま映像がでると「かわい〜」など言われるが、間違い。
かっこいい。一部切り取られているからかわい〜のだが、通しでみるとすごくかっこいい。こんな同級生居ないもん。

そして特筆したいのは、天才森田剛
芝居も頭一つ飛び出ていると感じた。
今は頭50個飛び出ている。

後日すごく叱られていたと話していたが、Vの炎、岡田は楽しそうにしていた。関連してでてくるワイドショーなどにも楽しそうであった。
岡田が学生の役をやっていると、なんだかリアリティがあってすごくドキドキしたものだ。
こんなとこにいるはずもないと山崎まさよしが歌うまでもない。


はちゃめちゃな芝居の楽しそうな岡田。いつも照れていて決しておしゃべりではない。メンバーにたまに遠慮が見える。
そんな岡田。

作品と自分

自分以外の人間には限りなくどうでもいいことと思うが、
ブログを、立ち上げた経緯が経緯だけに、自分の人生を作品と共に振り返りたい。
それにはV6とV6岡田准一が必要。
(KinKi Kidsの剛くんと嵐の二宮も必要なのだが)
だから、作品を追う事で振り返ろうとおもっている。

つい、いま興味のある作品から書きたくなるのだが、自分の年表をめくって、最初から書いていく。

ブログは推敲していない。本当に徒然草状態で書いている。
Twitterなるものもやっているが、それの方がよほど推敲する。短い文は難しい。
みなよくやっている。
ゆえに何かしら失礼や間違いは多発するとおもう。ご指摘頂ければありがたいし、放っておいて恥を書き続けるのもいい。
人生なんて恥かいてなんぼだとおもう。

私の人生のいつの時もV6があったが
KinKi Kidsも嵐もあった。
Twitterでいうところのカケモ。嫌な人は回れ右で♡というやつ。

Jrから好きだった身としては、好きなJrはたくさんいて、彼らが同じグループとは限らずおのずとカケモになるのだが、許すまじ、という人もいる。
mixiというのは狭間の世代で手をつけていない。
Twitterについては余談としてまた書きたい。

さて。何から思い出せば。。

キャンペーン そして

デビューに伴い、そのキャンペーンたるものが始まるのが通例だった。
V6も例外ではなかった。

ど素人感満載の岡田だが何をしてもかっこよく、剛健と踊りのレベルが雲泥ってやつだったが、そんなことはどうでもいい。
私も15歳だったので適切な判断ではないかもしれないが、歌はうまいとおもった。

ふと黙ると影が落ち、この人ホントは明るくないんだろう。と思わせた。
ふわと笑う口元は溶けそうに甘く、愛されて生きてきたのだろう。と思わせる。
これは今も全く変わらない、岡田の顔面への私の印象だ。

V6の露出に合わせ、周りにもどんどんV6ファンができた。
剛健やトニセンにはもともとファンがいた。

グループを組んだことで離れて行く子もいた。
Jrのファンがみんなデビューを望んでいるわけでなく、
むしろ「ジャニーズJr」という養成段階の原石を応援することに喜びを感じ、
「キテル」Jrをいち早く見つけることが一つのステータスでもあった気がする。

私も漏れなく、KinKi Kidsの後ろ、V6の後ろのJrには目を光らせ、その後余談になるが二宮和也という至宝を見つけることになる。

私はその頃、受験生ではあったが、結構いい感じでそれなりの高校に進学できそうだった。一生懸命勉強もして、一生懸命アイドルを追いかけた。
MyojoとポポロとWink upを買い、せっせと切り抜いては自分の部屋に貼り付け、休日は友達とキャーキャーと騒いだ。青春。

V6のデビューキャンペーンでの岡田の印象は、本当に楽しそう。だ。これも今でも変わらない岡田の印象。
岡田のファンもどんどん増えた。V6で一番若いのに一番人気なったら他のメンバーに悪いな〜などと考えた。

私の目には、
とてつもないエリート。選ばれしJrからの大抜擢。飛ぶ鳥落とす勢いのいい男。に映っていた。
ずっと後になって「アイドルとして劣等感しかなかった」と岡田本人の口から聞かされるなんて思ってもいなかった。

もし36歳の今の私が15歳の岡田を見ていたら確かに印象は違うのかもしれない。
いまの岡田を知る人が、
昔を振り返れば色んな時代があったのね、と思うのもわかる。
それが「若い時はおかだくん大変だったね」なのかもしれない。
わたしにはいつの時代の岡田も、楽しそうに見えていたのだが、
本人もそして周りも、必ずしもそうではなかった ということなのか。


岡田の曰く「反抗期」に考えが及ぶに連れ、自分の記憶と感情が、そして、それを深く考えることが難しく、乱文になっているのがわかる。


岡田。
「今は笑って反抗期なんて言えるけど〜」なんて軽々しく。
反抗期ってよくわからないから考えてみなきゃダメなファンもいるんだ。

V6のここがすき

過去と自分のこと以外に今も書く。
雑多なブログになる。


V6の何がすきか
V6は何が違うのか(他のグループとという意)

とよく聞かれる。
きっとV6のファンの人なら
「V6っていま何やってるの?」と並んで周囲によく聞かれる質問ではないか。

私は(全部すきなんだよ。てかぜんぜんちげーじゃん、人が違う。顔が違う...)と憤懣やるかたないと思いつつも

「立ち姿の美しさ、かな」と答えている。

暗転した会場で、V6が光を背負うような照明になる瞬間。
(一番近いところでいうと11/1代々木のTimelessやスカリミ冒頭)

美しい。

ただ立ってるだけなのにだ。

トニセンの背丈や足の長さは当然、カミセンのバランスがよく重心の美しい姿。
6人が6人でいることで見ることのできる美しさ。

そんな6人を追いかけている。

これからのこの6人の何が好きかをくどくここに書くつもりでいる。

デデデデビュー

95年の夏。
私は受験生の夏になり、ジャニーズなんぞにうつつを抜かしている場合では世間的にはなくなった。
しかし、うつつを抜かさざるを得なかった。
と、いうのも、
ジャニーズJrカーニバルという恐ろしいネーミングのJrのコンサートが開かれるからだった。
Jrのコンサートなんて聞いたことがない。
事務所はとても忙しそうにみえバタバタしていた。これから先は私感なので(ずっと私感だが)きっとみんな違う感想を持っているだろうが...

当時のJrはすごかった。
ボキャブラリーを疑うが
本当にすごかった。
森田剛三宅健はいわずもがな。
いまだKinKi Kidsもデビューしていない。原、佐野、坂本などのシニア。
高橋や小原などかつての至宝。


大げさでなく
宝石箱を開けたようだった。
Jrが大量に輝きすぎて、ダブついていたジャニーズシニアができたのだ。
当時まぁまぁの人気だったバレーボールリーグに合わせたデビュー。
もうグループの名前も決まっていた。

Vsix

......


名前はともかく、誰がデビューするのかが、我々の一番の関心事だった。
コンサートの時点は正式にメンバーは決まっていなかったとおもう。※1


ダブつき組をまとめて出す説
→かなりの信ぴょう性。まとめてシニアを出しておいて、それからゆっくり宝石たちの采配を決めるか。後に某アイドル誌にダブつき組をまとめて出しそうな雰囲気の記事が載る。

剛健で出す説
→当時の人気は凄まじい。仲もいい。が、KinKi Kidsが2人組として組ませている以上、そっちを先に出すのが道理ではないか。

小原と誰かを組ませる説
→小原の人気もとんでもない。誰と組ませたら釣り合いが取れるか。

など。それはそれは飛び交った。
コンサートに行った人のところへみな膝突きだった。滝沢秀明が随分ともてはやされていたようだ。

受験生の私はそのダサい名前のコンサートへの参加は叶わなかったが、
その後、デビューが発表された。

そう、岡田の。

雑誌で知ったと記憶している。
メンバーは
イノッチ。知名度高い。明るい。
長野くん。同級生は泣いていた。
坂本シニア。実力すごいけどだいぶな年齢。
剛健。実力すごいけどほとんど不良。

V6が今や、本当に素晴らしいグループとなり、
もう時効だと思うのではっきり言うが、

こんな釣り合いとれないグループなんて見た事ない。
年齢も身長もキャラクターも。
ダサい名前の三人グループに分けるのはいいけど、その二つがくっつくとは思えない。そんなのが新しいとでもおもってんの。ホント意味不明。ジジー頭狂ったんじゃないの。※2

もっとひどい罵詈雑言も当時は言っていたがここまでにしておく。


とりあえず長野博が好きな同級生と喜んだ。
「おかだくんもよかったね泣」
と言われ、
岡田はよかったのか。と思った。

大変なグループだ。
これがとても暑い8月だったとおもう。
この時にはV6と表記し直されていた。
正式な結成は9月4日だそうだ。ぜんぜん覚えていない。

岡田がデビュー。
以後ジャニーズ史上最速と言われている岡田のデビューだ。

大変なグループでのデビューについて剛健ファンの親友は、長野ファンの同級生と同じようには喜んではいなかった。
剛健は2人で出しても天下取ったよ。と、いつも言う。
なので
他の4人が居たから今の剛健があるんだよ?とお手本みたいにいつも言う。

※1 と記憶している。ただ曖昧であるので間違えているかもしれません。

※2 ジジーは言い過ぎた。